10月26日~28日、岩手県遠野市で開催された研究会に参加してきました。
この研究会は前片山善博総務大臣が会長で、講演もしていただきました。
今回の研修は3月11日の東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県沿岸部の視察もあり、前々から議員として現場の空気を感じ、そこで懸命に生きようとしている方々と出会ってお話をお聞きしたいと思っていましたので、どうしても行っておきたい研修でした。
全国から市長、村長、大学関係者、地方議員約300人が遠野市に結集しました。
湖南市から約8時間、新幹線を乗り継いで一人旅・・
出発の日は議会運営委員会が入りましたので、出発が12時となり現地についたのは8時・・
今回の研修ではホテルには宿泊せずに、ボランティアの方々が多く止まっている民宿に泊まりました。
遅い到着でしたが、民宿とおのの奥様は「おかえりなさい・・」と言って、温かく迎えてくださいました。
遠野市は柳田國男の「遠野物語」で知られ、多くの語り部の方が昔から言いつたわる民話を観光客に話されるなど、心に文化と誇りを持ち、温かい人柄を感じました。
民宿とおのにはたくさんのボランティアの方々が宿泊されていました。
民宿から研修場所の「あえりあ遠野」までは歩いて10分でしたので、9時50分からの研修には朝はゆっくり出来そうでしたが、ボランティアの方々は5時半から起き、出発をされていましたので私もおちおち寝てはおれませんでした。
参天製薬さんをはじめ、今も尚、震災以来継続して企業からのボランティアが派遣されています。
民宿の方にお聞きすれば、震災から3カ月、アルコールも摂らずにに電気復興にあたられた話、1年分のお米が2カ月でなくなるぐらいのおにぎりを提供したこと・・震災でトイレは今も壊れていて、お風呂が唯一使用できたので、あらゆる方々が入るために並ばれた話・・
現場で必死を支えられた数々の話をお聞きし、改めて人のやさしさ、ぬくもりを感じました。
研修会では、遠野市の市長、本田敏秋氏の話や、岩手県葛巻町長 鈴木重男氏の「再生エネルギー、太陽熱、風力発電、バイオマス」の話をされ、とてもエネルギッシュに次々に発想を転換して実行し、町内電力需要の160%を生み出しておられるのにはびっくりしました。
遠野市の市長さんはテレビでもおなじみになりましたが、沿岸部と内陸部との支援本部として、ボランティアの受け入れ
をし、そこから被災地に派遣をし続けておられます。沿岸部の方々とは血縁関係がある方が多く決して他人事ではなかったそうです。
私も意見を言わせていただきましたが、岩手県では、私たち国民が被災地を心配し、少しでも・・といった支援物資が、種分けもされずに、費用をかけて焼却処分されたこと・・本田市長が2度も、「遠野市に下さい。ボランティアの手があります・・」と言ったにもかかわらず、送られないで、結局焼却処分されたことがあかされ、国、県、市の連携が大変まずかった点や今回の防災にかかるさまざまな問題点を検証せずにきれいな言葉でまとめている現状・・の話があり、私は「非常に残念でならない・・今回の多くの方々の命の犠牲が無駄にならないよう、今回の教訓を検証され、正していくよう発信し続けてほしい・・」と意見させていただきました。
次の日、釜石市、大槌町、陸前高田市に分かれ、バスで1時間ゆられ、現地視察となりました。
私は陸前高田市の視察となりました。
高台から海岸部へ移動したとき、急に人の気配も感じられない、何もない世界が飛び込んできました。
「ここに、人がすんでいたのか・・」と思わせるような、何もない世界・・
説明をしていただいた職員の方の家も流され、今は、仮設住宅から出勤されているとのこと・・
ご家族の方は・・とやっとの思いでお聞きしましたら、御無事だったということでしたが、もう一人の若い課長さんは子どもさんと、お母さんを亡くされている・・と教えて下さいました。86人の市の職員が亡くなられたそうです。
まだお若いので、子どもさんもたぶん小さかったのではないか・・と思います。そんな自分の事も構わずに市の復興のためにお仕事をされている姿を見て、思わず涙がでました。「一言頑張ってください・・」と声をかけるのが精一杯でした。
まだガレキやめちゃめちゃに壊れた車が山積みになっています。
自分たち自らが這い上がる気力を見出していかなくてはなりません。
仕事がないそうです。
復興するためには、土地の転用やさまざまな法律や規制緩和がが必要と職員の方は話されました。
国は早急に、法を緩和し、財源支援が必要です。
危険な場所には、もう住みたくない・・と言われているそうです。となれば、山側の住宅開発が必要となります。
今も尚、懸命に生きようとしている方々が日本におられる事を身をもって感じ、その上で今の私たちの平穏な生活に感謝をしなくてはならないと痛感しました。
津波で何度も何度も打ち寄せられ、壊滅した陸前高田市の市役所の前に大きなひまわりが咲いていました。
「それでも生きているよ・・」と訴えているように思えました。
本当に貴重な経験ができて、よかったです。
日々の生活、家族に感謝をして、湖南市の防災対策にまた提言をしていければ・・と思います。
また一市民で出来る自治区の防災活動・・実施訓練の見直しも必要です。
津波はなくとも、地震は必ず、やってくるのですから・・
みなさんも家具の固定や、出来るだけ2階で寝る・・みたいな対策を是非おとりくださいね・・









